Code for History

"Code for History"はIT技術を歴史学上の問題の解決に使うコミュニティです。強調したいのは、我々にとってIT技術は「手段」であって「目的」ではありません。「目的」は歴史学上の問題を解決する事であって、必要であればITでない手段も活用します。常に最優先なのは、問題を解決することです。

FOSS4Gプロダクトから啓示を得、そして生まれる(予定の)歴史国土プロジェクトご紹介

これはFOSS4G Advent Calendar 2012参加による12/14分の記事です。

昨年のように技術ネタをやろうとした*1のですが、間に合うように準備できるネタが全く思い浮かばなかったので、今進めようとしている歴史国土プロジェクトについて紹介させていただきます。
今見返してみると、このブログでは何故か歴史国土について採り上げてなかったので、その意味ではこの機会に採り上げるのはよかったのかも。

歴史国土とは何か

私が今企画している、ユーザの持つ様々なラスタベース古地図、絵地図をWebで相互運用可能な地図データ化し、共有するサイトを作ろうという企画です*2
元々、日本全国の旧版地形図をみんなで共有しようと言うのを中心コンセプトにおいていたため、歴史国土というサービス名を仮押さえしていますが、扱う地図は旧版地形図や古地図に限らなくする予定です*3
今年の6月に第1回が行われた国土地理院のGeoアクティビティフェスタに、企画だけで応募したところ、優秀賞をいただいてしまいました。
以下が当日の発表スライドです。

Geoアクティビティフェスタ発表資料 from Ko-hei OHTSUKA

非常に嬉しいのですが、後に引けなくなったところもあり(笑)、どうやって形にするかを現在試行錯誤中の状況の企画です。

歴史国土とFOSS4G

歴史国土とFOSS4Gで何が関係あるのか、という事ですが、それは偏に、「FOSS4Gがなければ歴史国土の発想は生まれなかった」というところにあります。
私が今の地図業界をどのように概観しているかというのは、下記の資料で少し触れているのですが、

タイル地図がおもしろい from Ko-hei OHTSUKA

一昨年〜去年くらいまでのWeb地図業界は、Googleが2005年に起こした革命後の世界として、ラスタタイルスクロール地図中心に業界が動いてきました。
が、一昨年くらいからGoogleが新たな革命を起こしつつあり、この記事を書く1日前にも、GoogleがiOSで高度なベクタ/3D地図アプリを出したり、Appleの地図はいろいろコンテンツ的に叩かれている部分はあっても、機能的にはGoogleに引けを取らない高度なベクタ/3D地図アプリだったりと、今後の地図サービス業会は基本、ベクタ地図/3D地図の方向性にシフトしていくものと思われます*4
ならば、2005年の革命の産物ラスタタイル地図は、旧体制の遺物として、役割を終えて忘れ去られていくのでしょうか?私はそうはならないと思っています。
最新の街の状況を表す現代地図は、新たに起こすデータですから最初からベクタでデータを作ればいいので、ベクタ技術でリッチに配信すればよいでしょう。
が、世の中には元のデータがラスタであり、原理的にベクトル配信しようがない地図、古地図や昔の地形図、自治体の配っている町内地図やハザードマップ、街歩きを楽しくする絵地図/イラストマップ等等、そういったものが山ほどあります。
そういった市井の地図は、これまではタイル地図配信技術が大手地図業者の密教*5であったため配信する手段がなくただただ死蔵されるだけであったのが、ベクタ地図という新たな密教が生まれた事で昔の信仰はコモディティ化し、顕教となり、庶民の手の届くところまで下りてきて、死蔵されていた地図に日の目を当てられる環境が整ってきています。

その顕教化に大きく貢献し役割を担っているのが、FOSS4Gプロダクトである、というわけです。
地図をジオリファレンスするQGIS、画像の投影変換しタイル化するgdal、それらの中で使われる座標投影変換のproj.4、完成したタイルをビジュアル表示できるOpenLayersやLeafletといった地図API…。
これらがなければ、ラスタ地図配信技術は庶民の元には下りてこなかったでしょう。
歴史国土も、基本的にはFOSS4Gプロダクトの提供している機能をWebでラップして、もう少し更に知識のない一般人にも判り易い形でのUIと、作ったものの共有の場を提供しようとしているだけで、GIS的な技術やパワーは、全てFOSS4Gからいただいています。
元々、自分でgdalで古地図をタイル化した時の感動をもっと皆に知って欲しい、でもちょっと勉強する事が多過ぎてまだ敷居が高いから、もう少しだけ簡単にしてあと共有できるようにしよう、というのが歴史国土のスタート地点なので、FOSS4Gなしには歴史国土はあり得ませんでした。
本当にありがとうございました*6

歴史国土の可能性とその先に目指すもの

当初は古地図やイラストマップといった知的エンタテイメントや教育の分野での有用性、おもしろさに注目して実現を考えていた歴史国土ですが、いろいろな人に話を伺ったり体験したりで、様々な要件での可能性を感じています。
地方自治体の作るハザードマップなどの地域情報は、今後はともかくこれまでの蓄積されてきたものは紙ベース/画像ベースのものですが、このようなものも歴史国土でタイルマップ化すれば、タイルやkmlの読める一般地図アプリで利用可能なデータ形式のデータをごくごく短時間、災害が起こってから対応しても十分有用なレベルの短時間で、多くの人が利用可能な形で配信することが出来ることを、以前名古屋の水害時に確認しました*7
某士業の方からは、同業者組合の中で明治期から蓄積されている地域の変遷地図をネット配信して公共に利用できるようにしたいのだが、参考にしたいという相談もいただきましたが*8、そのような蓄積された地図が様々な業種、公共団体の中で死蔵されているのも、歴史国土的アプローチで社会の用に供する事ができそうです。
地域に根ざすデイケアセンターの職員さん*9からは、そのような旧版地形図や古地図を見られるサイトがあると、入所される高齢のユーザさん等とも、この辺もあの頃はこんなだったねえ、あんなだったねえと喜んでいただけるので、是非欲しいという言葉をいただきました。
地図の供給側、利用側、双方の思ったよりもいろいろな場で、既存紙地図/ラスタ地図のタイル化、ネット上共有は要求がありそうに感じています。

また、単に地図を作り共有するだけではなく、それが実現できればその見せ方、プレゼン方法をも一緒にまとめて面倒を見る、そういうサイトにしたいと考えています。
実用的なリアルタイム最新地図と異なり、古地図や絵地図といった既存地図では、多くのユーザは実用よりも知的好奇心やエンタテイメントを求めて地図を見に来ると思います。
ですので、それに付随した情報などを一緒に見せる場合も、実用地図でのマーカーピンやポップアップ程度のショボくれたプレゼンではなく、もっと見た目に楽しい、美的で対話的で一覧的なプレゼン手法が必要だと思っています。
まだイメージだけで具体的にはノーアイデアなのですが、イメージ的に似ているものを既に実現しているプロダクトにOmeka/Neatlineというオープンソースの地図プレゼンソリューションがあり、これに近いものを編集し、公開、共有できるような、そういうプラットフォームにしたいと思っています。


Omeka/Neatlineで実現できることの画像イメージ。古地図の上で古戦場の戦闘状況図など様々なフィーチャを見せることが出来、時間の経過にあわせた視点移動や情報オンオフ等、様々な見せ方ができます。
(c) Scholars' Lab at the University of Virginia Library

或いは、お年寄りと地域の昔のイメージを地図+古写真等で共有するような場合でも、単に平面地図+プッシュピンで写真がポップアップ、というものではなく、3D/AR的な見せ方ができれば、より没入感の深い共有が出来ると感じています。
そのような見せ方は、先駆としてヒロシマナガサキアーカイブさんなどの事例があり、その成果を非常にリスペクトさせていただいているのですが、そのようなインパクトの強い地域アーカイブを、誰でも自分の地域で簡単に作れるような、そんなサービスも目指したいと思っております。


ヒロシマアーカイブ。単に地図上にピンを立てるだけではなく、空間の中に多層的に、Google Earthの仮想風景に重畳する形で証言や古写真を配置することで、インパクトのある見せ方を実現しています。
(c) ヒロシマアーカイブ制作委員会

実現できるのは何時になるか判りませんが、単に地図をデータ化し共有するだけでなく、地図の魅力的な見せ方、プレゼンまで含め、まとめて引き受けられるような、そのようなサイトを目指したいと考えております。

*1:去年でも別にコードそのものを書いたわけではなく、単に技術の紹介だったのですが、今年はそれすら無理だった…日常業務で全然FOSS4GやGISプロダクト使う機会がないので…

*2:企画のみで、まだ実装はありません。プロトタイプは、Geoアクティビティフェスタ受賞の段階で動いており、ちゃんと古地図をWeb地図化できていましたが

*3:というか、FOSS4G OSAKA 2012で、国土地理院さんが自らで旧版地形図をネット公開する可能性に触れられたので、もしそうなると旧版地形図だけにこだわっていたのでは存在意義がなくなってしまう

*4:この辺は今のところまだアプリ地図の世界ですが、WebGLの普及等でいずれWebでも進んでいくものと思われます

*5:いや別にGoogle Maps APIでも昔からタイルオーバーレイできたし、OpenLayersも昔からあるし、gdalでのタイル化も昨日今日できた昨日ではないしと別に手が届かなかった仕様ではないのだけど、まあレトリックということで許してください。地図データ作成技術だけでなく、Amazon S3等で比較的安価にソリッドな地図配信基盤が整った事なんかも背景にあるしね

*6:だいたいネット上ではこの言い回しは少し小馬鹿にした時に使うものですが、ここでは本心です

*7:それは歴史国土じゃなくてち○ぶらりの時の体験…とか言わない!地図編集部分はほぼ同等だし

*8:1回相談があっただけでその後なしのつぶて、とか言わない!

*9:それお前の実家の親だろ、とか言わない!

© Code for History